「薬王」孫思襞(そんしばく) 3.初めての導尿術

孫思襞(そんしばく)の業績の中で、とくに有名なのは、「医学史上初の導尿術」です。尿道の閉塞によって自力で排尿できなくなった「尿閉症」の患者に対して行われました。尿閉のままでいると、毒素が体内にゆっくり蓄積し最終的に命を落とします。2千年前の彼の著書によれば導尿の手順は以下の通りです。

(1)細い葱(ねぎ)を切り出し、(2)その「葱管」を慎重に尿道へ挿入する(3)その後、施術者が軽く息を吹き込むと(4)膀胱に溜まっていた尿が流れ出す。

いろいろな「管」で試行錯誤して「長ネギ」にたどり着いたのでしょうが、後述するように、この選択は現代から見ると、結果的にとても「お見事」です。現代からみると尿道や膀胱の粘膜は非常に繊細です。容易に擦り傷がつき、細菌感染しやすいのは現代では医学常識なのです。当時の術者の手には当然目に見えない細菌がたくさん付着しています、唾液中にも多くの細菌が含まれます。現代医学的には「不潔な」素手と口と葱で、このような導尿を実施したら最後、尿は出たが尿道炎や膀胱炎になり、難渋するに決まっていると医療関係者ゆえの心配が頭をかすめます。ところが、長ネギを切ったときに出てくる「ヌルヌル」成分には、「フルクタン」と「アリシン(硫化アリル)」という2種類の強力な感染防止成分が含まれます。フルクタンは免疫細胞の活性化により感染防止し、アリシンは「ペニシリン」を超える殺菌力を持っていますので現代の消毒液代わりに十分なります。ヌルヌルという物理的性状は現代の導尿で、ゴム製の尿道カテーテルに塗布する医療用ゼリーの代わりに尿道粘膜の擦過傷を軽減します。至れり尽くせりですね。ちなみに、フルクタンとアリシンはこのほかにも、いくつもの健康に役立つ効果がわかっており、栄養学的に注目されています。日常生活で長ネギを健康に生かす食べ方は、「新鮮な」長ネギを「加熱せず生のまま」、できるだけ「細かく刻み」ネギの細胞を壊すことで内部のより多くのヌルヌルを出させ、そのヌルヌルを失わせないため「水にさらさない」のがポイントだそうです。麺類のつけ汁や納豆・冷や奴の薬味などと相性のよい長ネギは立派なバイプレーヤーです。食中毒の防止にも役立ちそうです。(つづく)