孫思襞が2千年前に述べた「女性の病気治療は、男性の病気治療の10倍難しい、それは月経や妊娠・出産があるからだ」は、あたかも、現代の医学部で婦人科教授が婦人科学を学び始める医学生たちを前に基本を講義しているのと変わらないのです。彼の代表作、全30巻の医学大全集「千金要方」でも診療科別では「婦人科」からはじまるというレディーファーストぶりです。そもそも当時に女性の病気を別格に扱うこと自体がかなり先進的です。一方、近代の医学史に目を向けると、1990年初頭、レディーファーストの国アメリカで残念なスキャンダルが表沙汰になりアメリカ議会で物議を醸しました。女性国会議員の告発に始まり、アメリカ全土の女性団体が一斉に抗議に立ち上がりました。スキャンダルの内容は、当時、世界中が絶対的な信頼を置いていたアメリカが誇る国立衛生研究所の統計が実は「極秘に」女性のデータを過去40年間ほぼ切り捨てていたという、まさかの事実でした。例えば「心臓病の危険因子」の統計に使われた1万数千人のデータに女性がひとりも入っていなかったそうです。女性団体は、医学研究の専門家集団が「女性は子宮を持った男性」と考えている何よりの証拠、女性差別だと猛反発しました。2千年前、レントゲンも心電図も血液検査もホルモンの概念さえもない時代に孫思襞が記した未来の医学関係者への警鐘ともいえる「女性の病気治療は、男性の病気治療の10倍難しい、それは月経や妊娠・出産があるからだ」とは正にこのスキャンダルの根本原因だったのです。新しい検査法やデータが次々と出現した時代、男性と比較して月経周期の各ステージ、初潮以前、月経周期、妊娠、出産、閉経後と刻々と複雑に変化する女性のデータを統計上扱いかねたのは想像されますが長年にわたるデータ捏造は許されません。孫思襞が見たら嘆くことでしょう。(つづく)